20111103「主を証しする」 Ⅱ列王記5:1-19 今高牧師

礼拝2019.11.3 「主を証しする」 Ⅱ列王記5:1-19       

 神様の証人として生きる」事の大切さ、主を証していくことの大切

神さまを信じて、神さまのみことばに従って歩む人は、神さまに救われた喜びがあります。感謝があります。ですから、神様がどんないすばらしい方なのかを、毎日の生活の中で、証しせずにはおられません。

2.若い娘の証し

彼女は捕らわれの身で、将軍の奥さんに仕えるという、不自由さがありましたが、しかし、彼女は、まことの神、主を信じていましたので、そのような状況にあっても平安が与えられていました。異教の国にいても、捕らわれていても、いつでも、主を証ししました。困っている人があれば、その人のために、祈りました。

何ができるか・・・、どうしたら良いかを考え・・行動したのです。

3.ナアマンの証し

ナアマン将軍は、神のみことばに聞き従って、ヨルダン川に7たび、身を浸したことによって、ツァラアトが治りました。癒されました。きよめられたのです。

神の前にへりくだり、神のことばを信じて、素直にその通りに行うならば、神様からの豊かな祝福に与かることができるのです。 ナアマンは、神は世界の中で、ただひとりであられるとの信仰告白をしています。自分の務め、役割の中で、偶像の前にどうしても立たなければならないとき、自分が決して偶像礼拝しているのではないことを、認めてくださいと願いました。

<暗証聖句>

「神は高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。」ヤコブ4:6

<私たち> 私たちも、まさに異教の国で生活しています。

あの捕らわれの娘のように、私たちも、周りにいる人たちが、まことの神を知らずに、苦しんでいる方がおられれば、その苦しみから、本当の意味で解放してくださる神様を、いつでも証しする者でありたいと思います。

また、ナアマンのように、親族や勤務先との関係の中で、葬儀や異教の儀式に出席する時も、キリスト者としての証しをたてることが大切です。そのためには絶えず主との交わりが必要です。祈りが必要です。その時、その場所でとるべき態度を主から教えていただいて、大胆に主を証しして参りましょう。

*若い娘やナアマンのように証しの生活をするために必要なことは何ですか。